野の花大好き 2012年04月

プロフィール

acha1

Author:acha1
飛行機が大の苦手。
空気より重いものが空にある~不思議と思いませんか?

最新トラックバック

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR
--/--/-- --
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Category: スポンサー広告
Edit | Permanent Link | Comment(-) | Trackback(-)
2012/04/16 Mon
 山は「萌黄色」に輝いていました。

一年ぶりの、あの子に会いに出かけてみました。

S萌黄色

その場所は、「葦毛(いもう)湿原」と、神石山です。

先ずは、ご覧ください。

Sハルリンドウ4

「ハルリンドウ」
葦毛湿原は、「ハルリンドウ」の”花ざかり”でした。

すぐ横には、一杯に、いい香りをはなって

Sニオイタチツボスミレ

この子も、群生をしていました。

「ハルリンドウ」の、色合い

Sハルリンドウ2

優しげな色が「大好き」です。

湿原の横を通って、いよいよ山道に~
程よい、登りの道を歩くこと、およそ45分ほどで
「一息峠」と呼ばれる場所で、
コンビニで買ってきました、おにぎり三個で昼食。

S一息峠

すぐ下の「水平道」からが、
あの彼女(子)の住まいです。

Sキスミレ1

一年ぶりの再開です。
この一年、いろいろな事もあったけれで、元気に彼女はしてて、くれました。

Sキスミレ2

そっと、話しかけてみました~
「ありがとう」


その横に
私も、みてーみてー と、色も鮮やかに

Sシハイスミレ

「シハイスミレ」
が、咲き誇っていました。

今年も、訪ねることができました~

ありがとう。。

迷いましたが~「アカフタチツボスミレ」
と、同定しました。

Sアカフタチツボスミレ

まだ、探したら、もっと多くのスミレが見つけられたと思います。







スポンサーサイト
Category: 野の花
2012/04/15 Sun


 「 花の色は うつりにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせしまに 」
                                   小野小町



 絶世の美女といえども違いは無いのだろうけれど、
「花の命は短くて」と、同じような意味なのであろう。

「いたづら」
古語辞典で調べてみた。

いたづら=「徒ら」語感→力を尽くしたにも関わらず
相応の効果もなく無駄であったと失望する感じ。

いたづらに=無駄に。
( こちらの意味であろう)


「世にふる」
ふる
① 古くなる。年を経る。
② 年をとる。老いる。
③ 盛りをすぎる。
④ 古くさくなる。

と、あった~ここでは、②の意味合いであろう。
しかし。
前に「世」が着くと、今の世に降る「雨」が降る。

さしずめ、春の長雨、所謂「菜種梅雨」掛け言葉?

achaの勝手訳
 「 菜種梅雨の降る様を眺めていたら、花の色は移ろってしまった、私の美しさも
このように、無駄な時間を過ごしている内に変わって(失って)しまうのかなぁー 」
絶世の「美女」と、云うだけの事はあってか、自信も相当なもの(笑)

まぁー この時代、25歳は「お肌の曲がりかど」
違う、ちがぅー  女性の盛りは17歳から20歳まで、の時代。

「貴方いろ」に、お色なおしも、この年代。

そうは言っては見たものの、今の世、
「夫婦 別姓」の時代。

何故、
「貴方色に、染まらなければならないのー」って言われそう。
あははー

この子は「秋田 美人」

Sジロボウエンゴサク1



咲きはじめは「もち肌」の色白の子です。


二日目には 「貴方いろ」に、頬そめて


Sジロボウエンゴサク


三日目には、淡い紫いろに~ 妖艶熟すころ(笑)

こんな子の 出どころは、ここを見なければ分かりません。

「托葉(たくよう)」

S タクヨウ



と、言います。花柄(かへい)の下の小さな葉が
どうてい(童貞とは違います)~あははー
「同定」の決めてです。

「ジロボウエンゴサク」

春の花で、
太郎は「すみれ」で、次郎が「エンゴサク」その代表選手ですが、
「ムラサキキケマン」に比べて、はるかに少ないですね。





Category: 野の花
2012/04/11 Wed
 「山桜」

S-012-4-8-yamazakura.jpg


 

「 散ればこそいとど桜はめでたけれ憂き世なにか久しかるべき 」


『花の命は短くて苦しきことのみ多かりき』

女性は歳を重ねていくほど、若さを保っていたいと必死でお手入れしちゃいます(笑)
でもどんなに足掻きもがいても(笑)
哀しいかな・・落ちていくのは確実ですね~!


 ものは考えよう~

命ある限り、男・女に限らず、
確実に一歩ずつ死に向かい進んでいることに違いはない。

例えば、

桜の花をめでる心は、
散る花を、惜しむ心なのである。

 ” 散ればこそいとど桜はめでたけれ ”

桜の花は、散ってしまうから、こそに良いのです。

これが、散らない「造花」の花や、美容整形手術でつくろった、
マイケル・ジャクソンの様な、人工的な顔や容姿ならば、
私なら、そこに愛おしさは感じはしない。

 
 ”・・・ 苦しきことのみ多かりき ”

 あの頃は・・・
振り返って見た時に~

例えば、登山で考えてみれば、息も絶えだえ苦しい登りが続いている。
ふーぅー やっと稜線まで登った。

近くにあった石に腰を降ろして、歩いてきた道をみた。

遥か下の方に、登り始めた集落が見えている。
遠くに目をうつせば、
まだ白銀を頭にいだいた、アルプスの山並みが輝いて見えている。

なんと素晴らしい眺めなのであろうか~

でもー
まだ頂上では無い !

勝手に想像して、申し訳ないけれど、
私も皆も、
こんな年齢に差し掛かったのかも知れない(笑)




。。
Category: 野の花
2012/04/08 Sun


  
  春は名のみの風の寒さや
 谷の鶯歌は思へど
 時にあらずと声もたてず
 時にあらずと声もたてず

 春と聞かねば知らでありしを
 聞けば急かるる胸の思いを
 いかにせよとのこの頃か
 いかにせよとのこの頃か


 皆様 ご存知の「早春賦」の歌詞である。

S-ikarisou.jpg


 わたしは、
この歌を聞くと何故にだか

 心の宿の「宮城野」よ
亂れて熱き吾身には
日陰も薄く草枯れて
荒れたる野こそうれしけれ

ひとりさみしき吾耳は
吹く北風を琴と聴き
悲しみ深き吾眼には
色無き石も花と見き
・・・
        島崎 藤村 草枕から

この詩を思い出す。
何故なのだろうか?

 「 かくのごと遠くさびしき山並みの光に心寄りゆく 」
                        斉藤 茂吉


 「 枯れ山に登りて聴きぬ風の音よ白き蔵王に枝野原 」
                         雨魚 

枝野原とは「宮城野」の一地名である。

 わたしは、
宮城野にある、と或小高い山に登ってみた。
東には、太平洋が青々と輝いて見へて、
鳥の海までもが手に取るように見えている。
阿武隈川は、ときに昇ってきた太陽を浴びて、
光輝いている。

「 あれが阿多多羅山、
あの光るのが阿武隈川。
・・・ 」

来た春とは名ばかりの日ではあったのだが、
きょうは特別に上天気のようである。
四方山の展望台に独りの女が立っていた。
私は、そんな先行者に敬意の意味も込めて挨拶をした。

「お早う御座います」

おはよぅー

何の他愛のない挨拶ではあるのだが、
なんだか旧知の友だちと交わす挨拶のような気がした。
それは、
きょうの、この天気がそうさせたのかも知れないと、
お互いに感じたのであった。

そんな彼女は、わたしが聞き尋ねた訳ではないのだが、
朝日を浴びて、薄紅に染まりかけた蔵王山に語りかけるように目をやって、
「わたしの、故郷」
「今のような瞬間が好きですの」

「だから戻ってきましたの」此処に、

目は遠く見つめたまま、
静かに、自分の生い立ちは話はじめた。

わたしも、そんな彼女と同じように、しばらくの距離と間をおいて
おなじ展望台の手すりに手を掛けて、
彼女の話をだまって聞いている。
それは、
まるで、阿武隈川の流れに、そっと語りかけているようである。


「そぅ、ですかー」
地元の小学校の先生ですか
・・・

なんだかに、懐かしく思い出した。

彼女 どうしているだろうか?


それっきりである。
・・・
宮城野にも、久しく行ってはいない
・・・


藤村の教師の時・茂吉の「てる子」への想い
そして私
何だかに、重なりあって「駆け巡る」
・・・
「宮城野」は、勿論に宮城県のことなのだが、
おそらくは、仙南地方のことなのであろう。

わたしも含めて皆、「精神的 負傷者」なのかも知れない。

・・・
・・・・・


「収穫 ビレッジ」
一生懸命にし過ぎたのかも知れない~

あははー


[2012-4-8]日

S-4-8.jpg

とても上天気である。

山崎川沿いの遊歩道も人で溢れんばかりの賑わいである。





Category: 野の花
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。